またしても、忌々しい季節が巡ってきてしまった・・・。

憎らしい冬のイベントの最たるもの・・・・その名はバレンタインデーだ。

去年、くれくれとウルサイ野分にせっつかれて、死ぬ程恥ずかしい思いをしながらこっそりとチョコを買いに行き、野分の留守の間に部屋に隠して俺は逃げる・・・いや、外出する計画が、思いがけず早く帰って来てしまった奴のせいで逃げ損ない、結局隠れていた風呂場で後に捕獲されてしまった・・・。
今年も、去年ほどではないものの、お菓子会社のバレンタイン向けCMを見かける度に、ちらちらこっちを見やがって、無言でアピールしやがるから、知らん顔でスルーという訳にもいかないだろう・・・・。
昨今、女性からだけではなく、男性からもチョコレートを贈る「逆チョコ」なんてものもあるらしいと大学で読んだ経済誌に書いてあったけれど・・・まだ一般的ではないんだろうな・・・昨日仕事帰りにデパートに寄ってみたものの、特設のチョコレート売り場は女性客でごったがえしていた。
お菓子会社よ・・・小売店よ、逆チョコなどというムーブメントを提唱したいのならば、男性専用売り場を作ってくれ・・・。
こんな騒ぎの中に飛び込んでチョコを買う勇気など俺には無い。

今年のバレンタインデーは日曜日だ。
しかも壁のカレンダーを見てみれば、野分は珍しく非番になっていて、仕事を理由にして逃げ出す事も出来ない。

こういう事を言うと、随分自意識過剰のようだが、野分は俺が贈るチョコであれば、どんな物を用意していたとしても、すごく喜んでくれるのだろう・・・。それこそその辺のスーパーの安物でも。コンビニの駄菓子でも。
去年贈ったものだって、全然大したものじゃなかった。駅前のケーキ屋で買った安物だ・・・・・。
だけど野分は、あんなに嬉しそうな顔をしてくれて・・・手放しで喜んでくれて。チョコを買うのも面と向かって渡すのも苦痛だが、野分の喜ぶ顔なら当然見たい・・・。

そして、俺は再びデパートまでやって来た。
特設会場に行くから混んでいるのだろう、と思いたった為、今日は地下の銘店街を目指してエスカレーターを降りる。
ここも夕方訪れれば、総菜や手土産の菓子を求める客で混み合うと分かっていたから、午後講義が無かった事で早めに仕事を切り上げ、いつもより早い時間に来店する事が出来た。

かくして俺は再び撃沈される事となった。
特設会場に負けず劣らず地下も混み合っていて、しかも有名チョコレート専門店や、名の通った洋菓子店は軒並み「チョコレートギフトは予約分のみの販売です。本日の予定数は終了いたしました」などと書いてある・・・。

もういったい何なんだ!
どうしてたかがチョコひとつ買うのに、こんなに苦労させられなきゃならないんだ!

俺はガックリと肩を落として家路へと向かった。





    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




バレンタインデーの前日、土曜日ではあったが俺は「急ぎの仕事があるから」と朝食時、野分に宣言してスーツ姿で家を出た。
もう、何が何でも今日買わないと間に合わない。
俺は一大決心をして大学とは別の方向の電車に乗る。

数軒のデパートや洋菓子店を思いつくままに歩き回り、俺はようやく小さなカフェのチョコレートを手にした。

そこは昼をまわって空腹を感じた為に、たまたま通りかかったところでランチの看板を見つけて適当に入った店で、俺はその店で今日の日替わりランチだというキーマカレーとカフェオレを注文し、なかなか思うようにならない首尾にため息をつきながらカレーを口に運んだ。
家でたまに野分が作る挽肉を使った汁気のないカレーには、何故かデミグラスソースが入っていてあまり辛くないのだが、ここの店のカレーは本格的な香辛料が使ってあるらしく、かなり辛い。だけど辛いだけじゃなくきちんと旨みがあって、野分のカレーとはまた違う美味しさが感じられた。
何の期待もしないで入った店だったのに当たりだったな・・・いつか野分も連れてきてやろう、なんて事を思いながら食後に運ばれてきたカフェオレのトレイの上には小さな陶器の皿の上にきれいな賽の目に切られたチョコレートがのせられていた。

「あの・・・これは?」

「こちらはサービスです。当店のオーナーの手製で、バレンタイン用にレジ横で販売もしておりますので、お口に召しましたらおひとついかがでしょうか。」

女性店員はそう言ってにっこりと笑うとトレイを置いてスッと厨房へと戻っていった。
カレーも旨かったけど、感じの良いお店だな、とふと感じる。
どこか機械的で無機質なセルフのコーヒーショップは何だか味気ないし、個人経営の小さな店は飛び入りの客に変によそよそしかったり、逆にべたべたされ過ぎてこれまた居心地が悪いものだが、押すタイミングも引きのタイミングも絶妙で、俺のような1人客にも過ごしやすいのが有り難い。最近は1人ぼーっとしたい時には大抵、大型書店に併設されているコーヒーショップで過ごす事が多かったが、ここもいいなぁと思いながら、チョコを一かけ口に運んだ。

俺は会計時、レジ横に並べてあった可愛らしいサイズの包みをひとつ購入すると、ようやくほっと胸をなで下ろした。
濃紺の包装紙に真っ白な細いリボンをあしらわれた化粧箱の中には、角砂糖より小さなキューブ状の生チョコレートが行儀良く整列していて、味も申し分無かった。
これでいつでも家に帰る事が出来る。
安心した俺は、数軒の書店をはしごした後、家路へと向かった。




    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「あ、ヒロさん、お帰りなさい。」

家に帰り着くと、珍しい事に野分が先に帰ってきていて、玄関で出迎えられてしまった。
チョコの包みを書店の紙袋の中に隠しておいて良かった・・・なんて考えていたら、丈の長い黒いエプロンをつけた野分に玄関先でぎゅっと抱き締められて、当然のように唇を攫われる。

「・・・・・ん・・・・・っ・・・。」

有無を言わさず吸い上げられた舌先を転がすみたいに口の中で弄ばれて、息が止まる。やられっぱなしじゃ何だか悔しいから、何とか応戦を試みるも口づけは深くなる一方で、強く吸われて背中がぞくぞくし始める。

お帰りのキスにしては本気出し過ぎだ!
そんな文句を言ってやろうかと抱き寄せる腕の中で身をよじると、野分の手がコートの裾をめくりあげ、スラックスの上から尻の割れ目を擦り始めた。

「・・・んっ・・・やめっ・・・・・。」

さすがに玄関先でそれはないだろう、と野分の胸を押し返して睨み付ける。

「てめぇ、人が大人しくしてりゃいい気になりやがって。」

「だってヒロさんがキスに応えてくれたのが嬉しくって・・・。続きは夜にします。」

ニコニコ顔で勝手な事をのたまう奴を玄関に残してリビングに向かうと、キッチンの方から何だか香ばしいいい匂いがただよってきた。

きょろきょろとキッチンを見回していると、戻ってきた野分が俺をオーブンレンジの前へと手招いた。

「本当はまだ飾り付けとか出来てないんで未完成ですけど。」

そう言って俺の目前でオーブンの扉を開けると、中には可愛らしいサイズのカップケーキが並べられていた。
ケーキからはチョコレートの焼けたいい香りがしている。

「何、これ・・・・。」

「チョコレートケーキです。バレンタインにヒロさんに食べてもらおうと思って作ってみました。病院の待合室にあった雑誌からレシピをメモして帰って来たんです。」

目の前のカップケーキは形は不揃いだったが、ふっくらと美味しそうに焼き上がっていて、つくづく野分の器用さとマメさに感動というよりも少々頭が痛くなる。

「・・・・男がバレンタインに手作りチョコケーキとか・・・・ありえねーだろ。」

「え?どうしてですか。有名なパティシエはたいてい男性じゃないですか。」

「お前は医者じゃねーか。」

「いいんです。俺はヒロさんが食べてくれればそれで。夕飯ももう出来てますし、お風呂ももう準備出来ています。どうしますか?」

まだ6時前だっていうのに、どんだけ出来た嫁なんだこいつは。

「これって・・・今、焼きたてなんだよな?」

「・・・・ケーキですか?そうですよ。ヒロさんが帰ってくるちょっと前に焼き上がったばかりです。」

オーブンの中からはとてもいい香りがしていて、早い時間にカレーを食べたっきりのお腹がくうと鳴った。

「それじゃあ、ちょっと味見してみますか?」

野分はにっこりと笑って立ちあがると食器棚から皿を出して来て、そこに何個かのケーキをオーブンから取り出した。
皿に並んだケーキはよく見るとどれも種類が違うようで、ドライフルーツが覗いているものや、くるみだか何だかごろごろとナッツが混ぜ込んであるもの、半分とけたチョコの固まりがのったものなど色々あって、いちいち工夫されているのが小憎ったらしい。

「ホイップクリームも用意したんです。あたたかいケーキに添えたら美味しいかなと思って。」

そう言って冷蔵庫から生クリームの入ったボウルまで見せられた。

「ヒロさん、味見するのどれにします?」

「・・・・別にどれでもいいよ・・・。」

感心したような呆れたような気分でコートと上着を脱いでハンガーにかけていると、野分は至極嬉しそうにケーキののった皿をリビングのテーブルの上に置き、ソファに座って行儀のいい犬のように笑顔で俺を待っていた。

「はい、ヒロさん。」

ソファへと歩み寄ると、脚を開いてソファの真ん中に腰掛けた野分に、おいでとばかりに両手を広げられる。
何だよ・・・・そこに座れって事か。恥ずかしい奴。
野分の魂胆は承知の上で、わざとソファの空いた場所に座ろうと足を踏み出すと、すかさず腕を掴まれて引っ張られ、結局野分の膝の上に座らされて後ろから羽交い締めにされてしまう。


「おい!着替えもまだしてねぇのに・・・・。」

「しわになるようなら俺がクリーニングに持って行きますから。」

「しわになるような事すんな!」

背後から俺を抱き締めたまま、野分はテーブルの上に置いた皿の上からチョコレートケーキをひとつ手に取ると、そのまま俺の鼻先に差しだしてきた。

「まだほんのり温かいですよ。どうぞ。」

薄く刻んだアーモンドを混ぜ込んだケーキは、普段あまりケーキ類を口にしない俺にもそれはとても旨そうに見えた。ガブリとひと口かじりつくと、口の中にチョコレートらしい苦みと同時にふうわりとアルコールの薫りが拡がる。

「ん・・・・?これ、何か入れてるか?」

「ええ。少し大人っぽい味にしようと思って、生地にチョコレートリキュールをたらしました。変でしたか?」

「・・・・ううん、うまい。」

ケーキを咀嚼している顎を取られ、顔を後ろに向けられると強引に口づけられる。
口の中にまだ少し残っていたケーキの欠片をかすめ取られ、俺はむっとした顔で野分を睨み付けた。

「何だよ。人がもの食ってる時に。」

「これで、ヒロさんからのチョコレートも戴きました。」

そんな事を言いつつ嬉しそうに笑う野分を見て、俺はふんと鼻を鳴らして見せた。

「そうか、こんなもので気がすむんだったら、俺が買って来たチョコはいらねーな。」

「・・・・えっ、ヒロさんが・・・・?!」

「もういいんだろ?」

「そんな事ありません!!欲しいです!」

ケーキを手に持ったまま慌てる野分のその口を唇で塞げば、再度重なり合う唇。
口の中に、胸の中に、チョコレートの甘い薫りが拡がっていく。

顔にかかる吐息がすごく熱くて、野分が興奮し始めているのが分かる。ワイシャツの上から爪の先で乳首を探られて、背中が大きく揺らいだ。

「あ・・・・。」

「俺も、味見・・・・したくなっちゃいました・・・。」

背後からまわされた両手で胸をまさぐられて、硬くなった先端をシャツの上から摘みあげられる刺激に、甘ったるい声がこぼれ落ちる。ネクタイを解かないままにシャツの途中のいくつかのボタンを外されて、野分の大きな手のひらが中へと潜り込み肌に直接触れてきた。

風呂も夕飯もばっちり準備していたくせに。
ケーキだってまだひと口しかもらっていないのに。

もう片方の手がベルトをいじっているのを見て、そっと野分の手を制した。

「・・・・するんだったら・・・ちゃんとベッドに・・・。」

「味見じゃ終わらなくなりますけど、いいんですか?」

今更いいも悪いも。
俺の返事も聞かないままに、抱き上げられ野分の寝室に連れて行かれる。


Happy Valentineday!!
俺達2人、いつまでも一緒にいられますように。

  ◇ おわり ◇


ramblefishのWEB拍手です

 

2010/Feb./13 Updated.

 


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